【防護服完全ガイド】チェーンソー作業に必須の装備一式|初心者でも保護具が必要なワケ|義務化ってホント?

初めてチェーンソーを手にした時の高揚感は、何物にも代えがたいものがあります。エントリーモデルであっても、庭木の剪定、DIYでの木材加工、冬のための薪作りなど、これからの活動に大きな期待が膨らむことでしょう。
しかし、多くの方がチェーンソー本体の購入と同時に、あるいはそれ以上に重要な「投資」を見落としています。それが「防護服(保護具)」一式です。
「自分はプロではないから」
「たまにしか使わないから」
「ほんの数分、細い枝を切るだけだから」
こうした油断や初期コストへのためらいが、取り返しのつかない重大事故を引き起こす最大の原因となっています。
なぜチェーンソーに防護服が「必要」なのか? 事故の実態と統計
チェーンソーの威力を正しく認識することが、安全対策の第一歩です。チェーンソーの刃(ソーチェーン)は、ノコギリのように「切る」のではありません。高速で回転する無数の刃が、木材を「削り取って」います。
人間の皮膚や筋肉、骨などは、硬い木材と比較しても比較にならないほど脆弱です。万が一、回転する刃が身体に接触すれば、それは「切り傷」では済みません。事故事例の再現実験が示すように、接触は「瞬時」であり、人間の反応速度で避けることは物理的に不可能です (詳細はこちら)。
事故が発生する主な原因は、以下の2つです。
1. キックバック(Kickback)
YouTubeで詳しく解説されている動画がありましたので、興味があればご確認ください。
最も危険とされる現象です。ソーチェーンの先端(特に上部)が硬い木材や障害物に触れた際、その反動でチェーンソー本体が作業者に向かって爆発的に跳ね返ります。これは予測が困難であり、ベテラン作業者でも防ぎきれない場合があります。
2. 不意な接触
作業中に足元のバランスを崩したり、滑ったりして、意図せず回転中の刃が身体に触れてしまうケースです。
ここで、防護服の必要性を裏付ける決定的なデータがあります。林業・木材製造業労働災害防止協会の調査によると、チェーンソーによる労働災害(休業4日以上)において、被災部位の約6割が「脚部(下半身)」に集中しているそうです(詳細はこちら)。
この統計は、「チェーンソー作業は脚が最も危険である」という動かせない事実を示しています。そして、防護ズボンやチャップスは、まさにその最も危険な部位を保護するために設計されています。
「義務化」されたチェーンソー防護服。初心者は「対象者」か?
「チェーンソーの防護服は義務化された」という話を聞いたことがあるかもしれません。この「義務化」という言葉が、初心者の間に一つの誤解を生んでいます。
まず事実として、厚生労働省は労働安全衛生規則(安衛則)を改正し、2019年(令和元年)8月1日から、チェーンソーによる伐木作業等における防護服の着用が法的に義務化されました。
では、その「義務化」の対象者は誰でしょうか。
安衛則が規定する対象者は、「労働者」です 。具体的には、林業、土木工事業、造園工事業などにおいて、事業者(雇用主)との間に賃金契約があり、業務として伐木作業等を行う人が対象となります。
事業者は、対象となる労働者に適切な防護衣(JIS T8125-2適合品など)を着用させる義務を負い、労働者側もそれを着用する義務を負います 。
ここに、初心者が陥る最大の「落とし穴」があります。
法的な「義務化」は、DIYや趣味、個人の敷地内での作業など、賃金契約が発生しない作業には適用されません(詳細はこちら)。
この事実を知り、「自分は対象外だから防護服は必要ない」と判断してしまうことが、最も危険な誤解です。法的な義務は、あくまで「雇用主と労働者」という関係性における最低限のルールを定めたものに過ぎません。
チェーンソーの刃は、それを使っている人が「業務」中なのか「趣味」の最中なのかを区別しません。危険性はまったく同一です。
防護服はどうやって体を守る?「切れない」のではなく「止める」仕組み
チェーンソー防護服は、鋼鉄の鎧のように「刃を通さない(切れない)」構造にはなっていません。その防護原理は、より能動的で、ソーチェーンの「回転を強制的に停止させる」仕組みにあります。
このメカニズムは一般に「クロッギング(Clogging=目詰まり)」と呼ばれます。
- 接触と貫通:
万が一、ソーチェーンの刃が防護服の表地を突き破ります 。 - 繊維の捕捉:
表地のすぐ内側には、非常に強靭な「特殊防護繊維」がゆるく何層にも重ねられています 。この刃がこの繊維に触れると、繊維は切れることなく瞬時に引き出されます。 - 絡みつき:
引き出された繊維の束が、回転するソーチェーンに絡みつきます 。 - 停止(クロッギング):
繊維はそのままチェーンソーの駆動部(スプロケット)に巻き込まれ、物理的に「目詰まり」を起こさせます 。 - ロック:
駆動部が詰まることで、ソーチェーンの回転は瞬時に停止(ブレーキング)します 。
この一連の動作が0.1秒以下の世界で発生し、刃が作業者の身体に深刻なダメージを与える前に回転を止めるのです。
この防護性能は、JIS T 8125-2(チェーンソー用脚部防護服)といった規格で厳格に試験されています 。(参考文献はこちら)
例えば「クラス1」の規格品は、秒速 20m ($20 \mathrm{m/s}$) という高速で回転するソーチェーンを当てても、最内層の生地が切れない(カットスルーが生じない)ことが証明されています 。
この「クロッギング」の技術は、下半身の防護服だけでなく、専用の防護ブーツにも採用されています 。防護服は「気休め」や「お守り」ではなく、確かな技術的根拠に基づいた「安全装置」なのです。
初心者が揃えるべきチェーンソー防護装備「必須5点」
チェーンソーの安全作業は、特定の装備に依存するのではなく、頭から足先までをシステムとして守ることで成り立ちます。ここでは、初心者がチェーンソー本体と「同時に」揃えるべき、必須の装備5点をその必要性と共に解説します。
① 下半身:防護ズボン(パンツ) または チャップス
必要性: 最重要装備です。前述の通り、全事故の約6割が集中する脚部 を守るための、文字通りの「命綱」です。
種類と選び方:
- 防護ズボン(パンツ):
ズボンとして履くタイプです。身体にしっかりフィットするため作業性が高く、プロの林業作業者に愛用されています 。 - チャップス:
普段着の上からエプロンのように装着するタイプです。着脱が容易で、初心者や短時間の作業、DIYユーザーには導入しやすいのが特長です。複数人で使い回しができるという利点もあります 。
選び方のポイント:
- 安全規格: 必ず「JIS T8125-2」「ISO 11393」「EN381-5」のいずれかの安全規格に適合した製品を選んでください 。これにより、規定の防護性能(例:クラス1=20m/s耐性)が保証されます 。
- チャップスの着用: 留め具(バックル)を全て確実に留め、作業中にずれないよう適度に締め付けます。特に、作業中にめくれ上がると防護機能を発揮できないため、最下部の留め具が足首にできるだけ近いものを選ぶことが推奨されます 。
② 頭部:ヘルメット・フェイスシールド・イヤーマフ
必要性: 頭部は3つの異なる危険にさらされます。
- ヘルメット: 落下する枝や、キックバックで跳ね返ったチェーンソー本体の衝撃から頭部を守ります。「飛来・落下物用」の規格品が必須です。
- フェイスシールド(防塵眼鏡): 高速で飛散する木くずや切りくずから目や顔を守ります。
- イヤーマフ: チェーンソーの強烈なエンジン音(騒音)は、聴覚にダメージを与えます。イヤーマフ(耳当て)で騒音を低減し、難聴を防ぎます 。
選び方のポイント:
初心者は、これら3つが一体型になったセット製品(例:トーヨーセーフティのアンボプロテクターなど [11])を選ぶと、買い忘れがなく確実です。
③ 手:防護グローブ
必要性: チェーンソーの振動による「白ろう病(振動障害)」を防ぐ防振性能 と、万が一のソーチェーン接触から手を守る防護性能が必要です。
選び方のポイント:
- 「チェーンソー専用」品: 必ず専用の防護グローブを選んでください。
- 安全規格 (EN381-7): 「EN381-7」などの規格品は、キックバック時に最も接触しやすい「左手の甲」に、下半身の防護服と同じ特殊な防護繊維が内蔵されています。
- 素材: 手のひら側は、チェーンソーの操作性を維持するために防護材が入っていないものが多いですが、代わりに防振性と耐久性に優れた山羊革などが使用されています 。
④ 足部:防護ブーツ(安全靴)
必要性: 足元には3つのリスクが伴います。
- 落下物: 丸太などの重量物が足先に落ちた際の圧迫。
- 不安定な足場: 滑りやすい地面での転倒 。
- 刃の接触: バランスを崩した際のソーチェーン接触。
選び方のポイント:
- 最低条件: 最低でも、JIS規格に適合した「安全靴」(つま先に先芯が入り、滑りにくいソールを持つもの)は必須です 。
- 理想: 理想は、ブーツの甲や前面に、下半身の防護服と同様の「クロッギング」機能を持つ切創防止材が内蔵された専用の防護ブーツ(例:ミドリ安全 V9830C、EN ISO17249 Class1クリア品など)を選ぶことです 。
【絶対NG】初心者がやりがちな「危険な服装」ワースト3

高価な防護服を揃えることと「同じくらい」重要なのが、事故を誘発する危険な服装を「避ける」ことです。初心者が無意識にやってしまいがちな、最も危険な服装ワースト3を紹介します。
ワースト1:軍手(綿の手袋)
危険性: 最も危険な行為の一つです。
理由: 綿や化学繊維でできた一般的な軍手は、ソーチェーンの刃に対して何の防護性能もありません。それどころか、刃に触れた瞬間に軍手の繊維が刃に巻き込まれ、手をソーチェーン本体にものすごい勢いで引きずり込みます。
防護グローブが「特殊繊維で刃を止める」のに対し、軍手は「繊維が巻き込まれることで手を引き込む」という、真逆の致命的な結果をもたらします。素手で作業するよりも危険である可能性すらあります。チェーンソー作業において、軍手の使用は絶対に許容されません。
ワースト2:だぶだぶの服・裾の広がったズボン
危険性: 巻き込まれ、転倒のリスク。
理由: 体にフィットしていない服(だぶついた服) や、裾が広がったズボンは、作業中に木の枝やチェーンソー本体の突起部に引っかかりやすい状態です。
衣服が引っかかると、バランスを崩して転倒したり 、最悪の場合、ソーチェーンに衣服が巻き込まれ、身体ごと引き寄せられる重大な事故につながります。
対策: 手首や足首がしっかり締まった(裾締まりの良い)、体にフィットした服装を選んでください 。
ワースト3:スニーカー・長靴
危険性: 無防備、転倒のリスク。
理由:
- スニーカー: ソーチェーンの刃に対して全くの無力です。ソールも柔らかいため、釘や鋭い枝を踏み抜く危険があり、滑りやすくもなります。
- 通常の長靴: つま先に先芯が入っていないため、落下物から足を守れません 。もちろん切創防止機能もありません。
対策: 最低でもJIS規格の「安全靴」(先芯入り、滑り止めソール)を着用してください 。
まとめ:防護服は「コスト」ではなく「未来への投資」
チェーンソー作業において、防護服は「オプション」や「コスト(出費)」ではありません。それは、万が一の事故からあなたの身体、生活、そして未来を守るための「インベストメント(投資)」です。
「初心者だから」こそ、不意な操作ミスやキックバックへの対応が難しく、事故のリスクが最も高い状態にあります。そして「趣味だから」こそ、その趣味が原因で怪我を負い、本業の仕事や日常生活に支障をきたすようなことがあっては本末転倒です。
初めてチェーンソー本体を店舗やオンラインで購入する際は、同時に注文してください。








