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自然農法とは? “自然”とできるだけ自然に寄り添えば自然に作物は育ちます。

大むかしの農法が自然農法?

わたしたちがフツーにスーパーなどで買って食べている野菜。一般的には、そのほとんどが“慣行農法”で育てられています。慣行農法とは、古くからの慣習で行われてきた農法。化学肥料や農薬、農機具を使って合理的に効率良く作物を育てます。
ただ、“古くから”とはいっても、日本で化学肥料や農薬が盛んに使用されるようになったのは1950年代頃から。それほど歴史はないわけです。その前はというと、肥料に関しては、“畜糞”、“油粕”、“魚肥”などがあったけれど、メインは“人糞尿”でした。農薬があるわけはなく、ほとんど自然のもので賄われていた。80年前までの日本は、“自然農法”だったんですね。

同じなのは“無農薬” “無肥料”。

さて、現代の“自然農法”のハナシ。日本で自然農法を提唱した有名なヒトが二人います。岡田茂吉さんと福岡正信さん。岡田さんは、枯れ草やヌカなどの有機物を微生物の餌にして増殖させ、自然界と同じ土壌をつくり、天然のサイクルにそって作物つくろうというやり方。福岡さんは、耕さない、雑草も取らない農法。
共通点は、農薬・除草剤は使わない。化学肥料はおろか肥料自体を施さない、というものです。となると、人糞尿などを使っていた大むかしの栽培法は、彼らにとって“自然農法”ではなかったということになりますね。

違うのは“不耕起” “無除草”。

では、二人の相違点は? 岡田さんは土を耕し雑草は取る。かたや福岡さんは耕起しないし除草もしない。いま通常 行われている農法を考えると岡田さんの“耕起”と“除草”は常識的なような気がします。くらべて、福岡さんの“不耕起”と“無除草”は理解に苦しむカンジ。
ところが、福岡さんには、言い分があるのです。“不耕起”については、作物の根は、水・空気・栄養分を求めて土に入っていくので、土を柔らかくして空気を多く含ませるために耕す。というのが正論といわれているが、さにあらず。耕起すれば、一見 土は柔らかくなったようだが、耕せば耕すほど土の粒子は小さくなり、結果 粘土のように固まってしまう。だから耕起は、土にとっては逆効果としているのです。
“無除草”に関しては、雑草の根が地中に張ることによって土はフワフワに柔らかくなる。枯れて腐植すれば微生物が繁殖しミミズも増えるし土地は肥える。これが福岡流の考え方です。そう言われると、こちらの主張が正しいような気がしてきますね。

“微生物が大事”も同じ。

岡田さんと福岡さんの“自然農法”。無農薬・無肥料のほかに大きな共通点がふたつあります。
ひとつは“微生物”を重視することです。土に有機物を入れて微生物に与え分解させることで生成物を生じさせます。生成物は土と土とを結びつかせることができるので、土壌は団粒化。土どうしに隙間ができるので、通気性や排水性が良くなるのです。もちろん、微生物を含む地中の生態系で栄養のやりとりが行われ、作物に有用な養分がつくられることは言うまでもありません。微生物は“自然農法”にゼッタイ欠かせないものなのです。

“自然こそが大事”も同じ。

もうひとつの共通点は“自然”。「マンマじゃん」って思われるかもしれませんが、これはとても大切なことなのです。岡田さんは、自分の“自然農法”の理念を示しました。「大自然を尊重し、その摂理を規範に順応する」。一方、福岡さんはこんなことを言っています。「人為の行いには価値はない。自然そのものに価値があるのだ」。
二人が唱えていることは、自然を支配しようとするのではなく、任せておけば、自然界の法則で作物は育つということです。このことを頭に置いておかないと、いくら彼らの手法を真似するだけではウマくいかないでしょう。

残留 肥料・農薬は“毒肥”。

これまで、岡田茂吉さんと福岡正信さんの考え方を見てきましたが、ほかにも“自然農法”を実践しているヒトがいっぱいいます。そのひとりが河名秀朗さんです。彼は“自然栽培”と言っていますが、現状の“自然”をもっと自然に戻すべきだと提言しています。
皆さんがいま作物を育てている土は、おそらくこれまで有機・無機にかかわらず肥料が入れられ、農薬も使われていたはず。それらが自然界の土壌バランスを崩して、病原菌などの弊害を招いている。だからこの残留肥料などの“毒”を取り去ることが大切だということです。
土の浄化には10年ぐらいはかかりますが、“肥毒”が排除されれば、土が本来持っていた自然の特性がよみがえるといいます。

自然農法は、無農薬・無肥料。

ところで、“自然農法”の定義はなんでしょう? 3者に共通しているのは農薬と化学肥料は使用しない・・・あれ、ちょっと待てよ? 化学肥料どころか肥料自体を使っていない。これまで“益”とされていた肥料が、自然農法においては“害”だったんですね。確かに有機肥料にしても人工で、カンペキには自然なものではありません。
“自然農法”は、無農薬・無肥料。いろいろ異論はあろうかと思いますすが、これをとりあえずの結論にしておきましょうか。

まとめ

“自然農法”は、いろいろなヒトがさまざまな持論を持っていて、実際に行なってきました。ただ、「これが良い、あれは悪い」ではないのでは。「不耕起・無除草にしてみよう」、「肥料を使うのはよそう」などと、カタチにとらわれるのもいかがなものか。良し悪しを決めたり、形式にハメたりするのは“自然”じゃない。
ここはひとつ、“自然”をキーワードに、自分なりの“自然農法”をやってみたらいかがでしょう。“自然”は、“人為によってではなく、おのずから存在しているもの”という意味。ほかに“言動にわざとらしさや無理のないさま”もあります。自然体で“自然に任せる”ということを無理なくやれば、作物は元気に成長してくれるはずです。“自然”とできるだけ自然に寄り添えば自然に作物は育ちます。

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